名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)1967号 判決 1974年5月29日
原告
畑屋工機株式会社
右代表者
足立虎雄
右訴訟代理人
村元尚一
被告
長繩勝
外一名
右訴訟代理人
大脇松太郎
外二名
主文
被告らは原告に対し、連帯して金九〇〇、七七九円及びこれに対する昭和四四年七月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
被告長繩勝は原告に対し金六九、八九〇円及びこれに対する昭和四四年七月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
(一) 被告らは原告に対し連帯して金壱四七〇、六六九円及び之に対する昭和四四年七月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行宣言。
二 被告
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 請求の原因
一、(一) 原告会社は諸機械の部品の製造販売を業とするものであり被告長繩勝(以下被告勝という。)は機械の部品の販買業者であるが右両者間で昭和四三年八月一二日継続売買取引契約を締結し被告長繩静夫(以下被告静夫という。)は右契約によつて被告勝が負担することあるべき売買代金債務につき連帯保証をした。
右売買取引契約に附随した営業地区範囲の協定と取引上の条件について附属協定が右両者間に締結されこれについて附属協定書が右契約書と同時に作成された。
(二) 被告が営業を開始するに当つて原告は被告の為に<中略(注、納品書、領収書等の表示)>合計 金六九、八九〇円
を買受けこれらを被告に送付し、代金は原告に於て立替払をした。
(三) 原被告間の売買契約による昭和四四年三月分の原告の被告に対する売掛金は金九〇〇、七七九円となる。
二、(一) 右第一項(一)の契約の要旨は左のとおりであつた。
1 契約期間は向う二ケ年間。
2 代金は毎月二〇日締切、月未払い。
3 被告長繩勝の営業区域は岐阜市関市美濃市八幡市各務原市以西全体を被告の区域とする。
4 被告長繩勝は理由の如何を問わず原告以外の他から仕入をしない。
5 違約の場合は違約金五〇万円を支払う。
(二)1 被告は昭和四四年三月一四日以降は前記取引契約に違反して八幸商事その他から仕入れて営業する不信行為に出た。
2 したがつて被告らは原告に対し右違約金五〇〇、〇〇〇円の支払義務がある。
三 よつて、右一、二の金額の合計一、四七〇、六六九円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四四年七月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払を求める。
第三 請求の原因に対する認否
一、請求の原因第一項(一)ないし(三)の各事実はいずれも認める。
二、同第二項(一)の事実は認める。
三、同第二項(二)の事実は争う。
第四 被告らの抗弁
一、(一) 原告は、被告勝に対する債権保全のためと称して、左の行為をなした。
(1) 原告の申入れによる取引停止
昭和四四年三月二六日
(2) 原告が被告勝所有のトヨエースに積載された別紙目録記載の一、九九七、五七一円相当の商品を不法に引上げて領置
右同日
(これは原告より仕入れたもののみではない。他の商品も含む)
(3) 金一、四七〇、六六九円を請求債権として、被告勝の有体動産を仮差押(昭和四四年(ヨ)第七五二号)
昭和四四年五月二六日
(4) 金一、四七〇、六六九円を請求債権として、被告勝の商品を仮差押(昭和四四年(ヨ)第七五二号)
昭和四四年六月四日
(5) 金一、四七〇、六六九円を供託して仮差押取消
昭和四四年六月一一日
(6) トラック積載の商品につき返還要求
右同日
(7) 前記トラック積載の商品につき、返還を求めるも応じないので横領罪で告訴
昭和四四年八月二三日
(8) 右物品につき返還を受け告訴取下
昭和四四年一二月一七日
(二) 原告の被告に対する債権は一、四七〇、六六九円であるから、前記(2)の物品が一、九九七、五七一円相当なので、十分にその担保力があるにもかかわらず、さらに被告の残商品及び有体動産を仮差押したことは、不法な仮差押である。
被告は請求債権額を供託して仮差押を取り消し、右二、〇〇〇、〇〇〇円相当の商品の返還を求めるも、原告はこれに応せず、検察庁に告訴し、検事の勧告によつてはじめて領置から七ケ月半後仮差押から六ケ月後に返還した。
右は、被告勝の商売を妨害し、信用をおとしめる意図が明らかである。さらに、原告代表者らは被告の取引先に商売をつぶしてやるなどといいむけて、資金ぐりを困難にした。
右行為は、不法行為に該当する。
(三) 右行為により、被告は商売を再開するまでに約六〇日(二ケ月間)の営業停止の止むなきに至つた。
右損害は左のとおりである。
売上
純益
一日の収益
昭和四四年一月度
一、〇一〇、三一九円
一二四、五八九円
六、二〇〇円
昭和四四年二月度
一、三六〇、三九一円
二七〇、八七九円
一二、九〇〇円
平均
九、三〇〇円
1月当り 9,500×60=570,000円
なお、原告の行為によつて蒙つた原告勝の精神的損害は金三〇〇、〇〇〇円となり、被告勝の損害は合計金八七〇、〇〇〇となる。
(四) よつて、被告勝は原告の被告に対する本件債権と右損害賠償権とを対等額において相殺する旨の意思表示を、昭和四七年一二月一八日の、第一二回口頭弁論期日においてなしたものである。
二、(一)1 原告と被告らとの間に取交された売買契約書によれば、原告が被告勝に売却する商品の仕切単価は一方的に原告が定めるとされており(第二条)被告勝は原告から仕入れた商品については、販売先に対して、基本仕切り値段より値引をし又は値引の公示をしてはならない(第四条)とされ、原告は被告に対して随時商品の定価、種類、仕様、仕切値段を変更することができる(第五条)とされていた。
そのうえ、協定書によれば右契約書に違反した場合は違約金五〇〇、〇〇〇円の支払を規定していた。
2 このような、原告の経済的優位を利用し、被告勝の取引の自由を不当に制限している契約は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下独禁法という。)第二条第七項にいう不公正な取引方法にほかならない。
右条項はすべて独禁法附則第一〇二条により法的効力がないものである。
すなわち独禁法第二条七項の「不公正な取引」とは「相手方が正当な理由がないのに、自己の競争者に物資、資金、その他経済上の利益を供給しないこと、または相手方が正当な理由がないのに、自己の競争者からの物資、資金その他の経済上の利益の供給を受けないことを条件として、当該相手方と取引すること」(一般指定の第七)、「正当な理由がないのに相手方とこれに物資、資金その他の経済上の利益の供給を受ける者との取引、又は相手方とその競争者との関係を拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること」であり、独禁法附則第一〇二条はこのような取引の法的効力の失効を規定している。原告と被告ら間の協定書(甲一、二号証)は、その取引の範囲を制限し、仕切単価、販売価格と方法について指定し、他からの仕入を禁止しているから、これは不公正な取引方法であり、右協定条項は法的効力がない。違約金五〇〇、〇〇〇円に関する条項も同様である。
原告は被告勝との取引を委託販売と称するが、被告勝は畑屋工機株式会社岐阜営業所の名称を使用していたもののその実質は独立採算の別個独立の取引関係である。
かりに委託販売としても、被告と他の競争者との取引を制限する権限は原告になく、原告は被告に対し、委託販売契約を解約する権限と自由をもつのみである。
昭和四四年三月一四日以降原告からの仕入を停止したこと、については昭和四四年三月二六日原告が被告方より車と商品を実力で引上げ、電報で仮差押を予告し、同年五月二七日に仮差押をなしたことによつて、仕入が停止されたのであつて、被告の責に帰すべきではない。また買掛金不払の点については同年三月一日四日まで取引があり、代金は締切は二〇日、請求は月未ということになつているが、前記のとおり同年三月二六日に商品と車の引上げをなして被告の営業をストップさせたのは原告であり、残代金の請求は本訴にいたつて明確化したのである。
よつて、原告の請求は失当である。
(二) 仮りに違約金五〇〇、〇〇〇円の条項が有効であるとしても、本件のような軽微な違反で、かつ原告の営業妨害のあからさまな本件の場合において違約金五〇〇、〇〇〇円の請求をすることは不当に被告勝を弾劾し、不当に利を得んとするもので権利の乱用として許されない。
(三) 仮りに然らずとしても原告は右五〇〇、〇〇〇円の違約金請求権を放棄したものである。
第五 抗弁に対する原告の認否と反論
一 被告らの抗弁事実は全て争う。
二 被告ら主張の動産即ちトヨエース販売車と商品は被告勝が原告に対する買掛金債務の担保として任意に提供したものであつて、被告勝の意に反して実力で持ち去つたものではない。現に預り品目録は被告勝が主となつて作成したものである。被告勝の意に反して持ち去ろうとする場合は、同人はその場で警察に電話して禁止することも出来た筈である。
右動産は、被告勝が原告方に来て買掛金の支払方法と今後原告との取引を継続するか否かを決める迄一時的に預つたものであり、その際の話合で引続き取引を継続することに決すればそのまま被告勝に車を返還し、取引関係を解消することに決した場合は、車に表記されている「畑屋工機株式会社岐阜営業所」の商号を抹消した上被告勝に返還することとなつており、その期間も数日の予定であつたが被告勝がその怠慢により原告方に現れなかつたため返還が延引したものである。原告に責任はない。
また、当時被告勝は別の小型普通自動車を所有していて営業上大なる支障はなく損害もなかつた筈である。
また原告には被告勝の信用と名誉を毀損しようとする意図はなかつた。仮に被告勝が信用と名誉を毀損されたとするならばそれはひとえに被告勝の商取引上の不信行為に起因するものである。
三 被告勝は、畑屋工機株式会社岐阜営業所なる商号で営業していたもので、実質的には委託販売の関係にあつたのであるから原告と統一した価格で販売するのは当然であり、独禁法にも違反しない。
第六 証拠<略>
理由
第一 一請求の原因第一項(一)ないし(三)の各事実および同第二項(一)の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二請求の原因第二項(二)1の事実は、<証拠略>によればこれを認めることが出来、右認定に反する証拠はない。
第二そこで被告ら主張の抗弁について判断する。
一<証拠略>によれば被告ら主張の日時ごろ、原告が被告勝所有の別紙目録記載の商品を、前示売掛代金債権の担保として自己の占有に移し、領置するに至つたこと、その後昭和四四年五月二七日前示前売買代金債権(右売買代金債権の存否については当事者間に争がいない。)及び前示違約金債権(但し、その債権の存否については後記二参照)合計一、四七〇、六六九円を請求債権とした被告勝の有体動産を仮差押し、更に同年六月四日右一、四七〇、六六九円を請求債権として、被告勝の商品を仮差押したことを認めることができ右認定に反する証拠はないが、更に進んで、別紙目録記載の商品が被告ら主張の価値を有するものであること、原告の右各行為が被告勝の営業を妨害し、信用をおとしめる意図の下になされたれたものであることについては<証拠略>のみでは未だこれを認めるに足りず他にこれを認めるべき証拠はない。
また<証拠略>によれば三月二六日の商品の領置に際しては、被告勝も在宅してこれに立ち会つており、商品の積込みを手伝つていること、その際原告は被告勝に対し代金の支払方法について協議したいから名古屋に出て来る様に告げ、被告勝もこれを了承していたが、被告勝が若し原告方に赴けば、違約を責められて自己に不利益な約定を承知させられる破目に陥ることを恐れ一方的に、訪問の約束を破り以後話合がなされないまま日時が経過したため商品の領置期間が遷延し、これに加えて更に前示認定のとおり二回にわたる仮差押がなされるに至つたことが認められ、<証拠略>も必ずしも右認定の妨たげとはならず他には右認定に反する証拠はなく、してみると、商品の領置及び仮差押によつて、被告勝の営業が継続しえなくなつたのはむしろ被告勝によつて適切な事後処置がなされなかつたことによるものと解すべきであつて仮に右営業継続不能によつて被告ら主張の損害が生じたとしてもこれを原告の責に基づくものとして原告にその賠償を請求することは到底許されないところというべきである。
(なお、原告のなした仮差押のうち前示違的金債権に基づく部分についての故意、過失については、前掲各証拠によれば原告は当時右債権の存在を確信していたものであり、右各証拠と右第二の一に認定した事実関係とを総合勘考すれば、原告がかく信じたことについて過失があつたものとすることはできない。)
従つて、その余の点について判断するまでもなく被告らの抗弁一は失当として排斥を免かれない。
二独禁法は、経済取引界において公正且つ自由な競争を促進し事業活動を盛んにし、雇傭及び国民実所得の水準を高め、以て一般消費者の利益を確保すると共に国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とし、このような自由競争促進のために私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法の全てを禁止する幾つかの規定を置いている。
このような禁止規定に違反した私法上の契約の効力については一律に有効・無効を論ずるのは妥当ではなく、各具体的場合に応じ自由な競争の促進と、取引の安全確保という両極端の利益較量の上に立ち、当該場合にいずれを優先せしめることが最も正義衡平の観念に合致するかによつて、有効・無効を決するべきものと解する。而してその結論は当該禁止規定の趣旨と当該違反行為の内容によつて千差万別であるが、究極のところそれを容認することが著るしく正義に悖る場合私法上の効力を否定せざるを得ない。この観点からすればその履行を法律上強制するならば、本来独禁法が禁遏しようとしていた独占状態の実現に直接かつ積極的に奉仕する結果を招来してしまうような契約はそれ自体著しく正義に反するものとしていかなる意味においても有効たりえないものと解すべきである。
而して、本件についてこれをみれば<証拠略>と弁論の全趣旨を総合すると、原告は五〇年余の自動車整備工具販売の実績を有し従業員四〇名余を擁し資本金は二〇、〇〇〇、〇〇〇円年間売上高は七八〇、〇〇〇、〇〇〇円に達する中堅企業であり一方被告勝は昭和四三年八月一二日前示取引契約により、工具販売の営業を開始するまでは一介のサラリーマンでありこの方面では全くの門外漢で営業開始については被告勝自身の預金及び親族等の援助を含め僅々一、〇〇〇、〇〇〇円程度の営業資金を用意したにすぎない全くの零細企業者であること、その名称は原告の岐阜営業所なる商号を使用するものの、その実質においては独立採算の取引先にすぎないこと商品の販売価格は一定の価格以下では販売しえない様に厳重に統制され、一方的に原告が決定しうるものとされていたこと、営業区域も、岐阜県内の一部に限定されており仮に充分な利益をあげることが出来なかつた場合にも何等の利益保障も取りきめられていなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はなく、この様に経済力の異る原告と被告勝との間において他の業者からの仕入を禁止し、右禁止に対しては五〇〇、〇〇〇円の違約金を課して右禁止の約定の履行を強制していることは(この様な約定が原、被告間に締結されていること自体は両当事者間に争いがない。また他の業者からの仕入の禁止それ自体はそれのみでは通常の排他的特約店取引として独禁法第二条第七項四号(一般指定の七)には該当しないと解される。)自己の取引上の地位が相手方に対して優越していることを利用して正常な商慣習に照らし相手方に不当に不利益な条件で取引する場合に該当する(独禁法第二条第七項第五号―一般指定の一〇―)ばかりでなく前記説示にいわゆる独禁法が禁遏しようとする状態の実現に直接かつ積極的に奉仕する場合に該当するから前示違約金五〇〇、〇〇〇円の支払を命ずる条項部分は私法上の効力を有しないものと解するのが相当である。
従つて、原告の請求中右条頃に基づいて違約金五〇〇、〇〇〇円の支払を求める部分は理由がないことは明らかである。
(なお、当事者間に争いのない請求の原因一(一)の事実及び<証拠略>によれば被告静夫の連帯保証の約定が、立替金債権に及ばないことは明らかである。)
第三結論
以上の次第であつて原告の木訴請求は被告らに対し前示売買代金残債権金九〇〇、七七九円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年七月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める部分及び被告長繩勝に対し前示立替金合計六九、八九〇円及びこれに対する右昭和四四年七月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める部分は理由があるから正当として認容しその余は失当として棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条第九二条但書を適用し、仮執行宣言は相当でないからその申立を却下することとし主文のとおり判決する。 (日高乙彦)
目録<略>